次の土曜日、僕は美樹ちゃんの家に遊びに行くことにしていた。
すると、美樹ちゃんの家に車が止まっている。
この車は僕の六つ上の先輩、剛志さんの車だった。
車のそばには剛志さんが立っている
「こんにちは、お迎えですか?」
「ああ、省吾か、そう、神楽坂さんと内田さんな」
「美奈さんの娘と仲がいいらしいが・・・あまり関心しないな。」
「先輩もですか?父さんにも言われました。」
「悪いことは言わないから大人の言うことは聞いておけ。」
「出来るだけそうしますけど、剛志さんが僕を裏切った小4からずっと一人だったんですよ。」
「裏切ったんじゃなくて卒業しただけなんだよなあ・・・・」
剛志さんが弱ったという顔でこめかみを押える。
剛志さんも小4からこの村でたった一人の子供だった僕を説得するのは無理と思ったようだ。
「卒業するの止めて、ずっといてくれてもよかったじゃないですか?」
「確かに俺はバカだったけど、そう言うわけにはいかないんだよなあ・・・。さすがに村の小中学校で6年も留年したら母ちゃん泣くよ。勘弁してくれ。」
もちろん冗談だ。剛志さんが苦笑する。
「ま、一応、覚えおいてくれ。」
「解りました。」
剛志さんは僕の六つ上の先輩で僕が小4になる迄二人で学校に通っていた。
まだ小さかった僕の面倒をずっと見てくれていて、立場は完全に僕の兄貴分と言う感じだ。
剛志さんの大きな手を握って二人で田舎道を歩いたことを昨日のことのように思い出す。
剛志さんは自分で言ってた通り、学校の成績は良くなかったが、話が面白く、面倒見がよく、とても優しかった。
剛志さんはやがて卒業し、僕は一人で田舎道を通い続けたが、一人で通った初めての登校日は心細くて泣きながら登校したのを覚えている。
剛志先輩の上にはかなり先輩たちがいたが、世話は僕を除くと一番下だった剛志先輩に全部押し付けられていた。
それでも剛志先輩は嫌な顔一つせず楽しそうに僕の面倒を見てくれた。
僕の記憶にあるのは剛志先輩だけだ。
成績はあまり良くなかったので、高校卒業と同時に進学せずに農園に参加した。
「そうそう、藤本さんの奥さん見ました?」
「おお、見た見た、すっげえ美人な。おっぱいもデカいし」
「凄いですよね。」
「お、省吾もいよいよお年頃か?おっぱい星人め」
剛志さんと話しているうちに、美奈さんが出てきて、車に乗り込んだ。
いつもの明るい感じは無くて、心なしか顔が青いような気がする。
僕が視線を向けると俯いてしまった。
剛志さんのさっきの話が聞こえてしまったのかもしれない。
剛志さんの車が出て行った。これから内田さんの家に向かうのだろう。
剛志さんの車が小さくなっていくのを見送って僕は美樹ちゃんの家に入る。
今日は美樹ちゃんと夏休みの計画を立てるのだ。
なんと、夏休みはプールに行って、水族館でデートするというリア充のような生活を送ることになっていた。
考えるだけでワクワクする。
僕は美樹ちゃんのことが好きなのだろうか?
小4からずっと一人ぼっちだった。
いきなり同世代のそれも女の子が身近にやってきて、ワクワクしているんだろう。
それが「この雌(オンナ)はオレのものだ」と言う強烈な思いなのか、それとも村の同世代の仲間に対する親愛の情なのかは僕にはわからなかった。
もう少し美樹ちゃんと一緒に居て見てから判断しよう。
僕はこの時そう思っていた。
実はうれしい誤算があった。
先生のお手伝いをしたご褒美に僕と美樹ちゃんだけで学校のプールを貸し切り出来ることになった。
2時間程度だが、たまたまその時間帯だけ水泳部などの練習が入ってなかったらしい。
夏の市民プールはイモ洗いの如く混んでいる。
学校のプールを僕と美樹ちゃんだけで貸し切り出来るなら万々歳だ。
スクール水着で無ければならないのがとても残念だが、この時期にプールを貸し切り出来るという魅力には叶わなかった。
夏休みに入り、当日、僕は美樹ちゃんと学校のプールで泳いだり、遊んだりした。
二人っきりと言うのがとても楽しい。
美樹ちゃんも貸し切りプールのぜいたくさを満喫していた。
僕たちはこの頃から、普通に人前でも手をつなぐようになっていた。
僕らの通っている高校の隣町にある水族館にも二人で行った。
バスの時間の関係であまり長くはいられなかったが、そんなことが気にならない位、二人でおしゃべりし、楽しく過ごした。
帰るときに売店によって、二人で小さなイルカの飾りがついたブレスレットを買った。
「僕が出すよ」と言ったが、美樹ちゃんが「自分で省吾くんとお揃いのものを買いたい」と言ったので一緒に買うことにした。
買ってあげるのは大人になるまでお預けかなあ。
こうして僕たちは毎日のように一緒に居て、一緒に居られない時はスマホのメッセージアプリでやり取りした。
夏休みが終わるころには「僕はこの子と結婚するんだろうな」普通にそう思っていた。
それは美樹ちゃんも同じだったと思う。
夏休みが終わり、僕らの距離はぐっと近づいていた。
二学期の初登校日、僕は美樹ちゃんの家に迎えに行き、二人で手を繋いでバス停まで行く。
「ね、省吾君、卒業したらどうするの?」
「僕は進学かなあ。東京の大学に行くと思う」
「私は家が貧乏だから進学は無理かなあ・・・」
「ね、一人暮らしするから一緒に住もうよ。」
「えー、どうしよっかなー」
「あれ?美樹ちゃんは来てくれないのかあ・・・」
「ウソウソ。私もいっしょに行くよ。いや、行ってあげる、かな?」
「へへー、お願いします。美樹さま」
僕はオーバーアクションで美樹ちゃんに頭を下げると右を差しだす。
美樹ちゃんはその手を取ってくれた。
僕は顔を上げると心なしか美樹ちゃんの顔が赤くなっていた。
バスが来るまで美樹ちゃんは僕の腕に自分の腕を絡めてぴったりと体を密着させる。
学校でも僕たち二人は普通に付き合っていると認識されていたし、お互いに言葉で確認したわけではなかったけど完全にそう言うつもりだった。
僕の勘違いでなければ。
そうして僕たちは自他ともに認める恋人として高校一年生を過ごした。
そして、二年生に進級して、この楽しい日常をずっと過ごしていくんだろうと思っていた。
その時は唐突にやってきた。
二年生になってから数日後、僕はいつも通り美樹ちゃんの家に迎えに行った。
しかし、誰も出てこなかった。
カーテンもしまっているし、ドアも鍵がかけられている。
電話をかけてみたが、美樹ちゃんの携帯も美奈さんの携帯もすぐに留守電になった。
メッセージアプリで呼びかけても返事がない。
僕は怪訝に思ったが、バスの時間があるので乗らないわけにはいかない。
ひょっとしたらバス停に先に行ってるのかもしれないと思ったが、誰もいなかった。
僕は学校に着くと、先生に尋ねてみた。
「2組の神楽坂さんは今日は休みでしょうか?」
「君は確か神楽坂さんと同じ村だったね。今日は欠席みたいだよ。特に連絡は来てないなあ。」
「ありがとうございます。」
美樹ちゃんは学校に連絡せずに欠席したようだった。
僕はその日、全ての授業が終わるのを内心ジリジリしながら待った。
そして、帰宅すると父さんに聞いてみた。
「外部に漏らさない、騒がないと約束できるか?」
「約束します。」
「では父さんの知っていることを教える。実はな、神楽坂さんのお母さんが農園のお金を持って逃げた。」
僕はその言葉に衝撃を受けた
喉がカラカラに渇き、何かを言おうとしても言葉が出てこない。
「そ・・・んな・・・何かの間違いじゃないの?」
漸く言葉を絞り出してそれだけを言った。
「いや、新しい借金が発覚して金に困っていたらしい。恩をあだで返された形だな。」
「父さんたちはどうするの?」
「警察に届けろと言う人と、自分たちで探すべきだという人たちと真っ二つに分かれている。元々お金に困っている人達を集めたのは父さんたちだからな。そうしないとこんな辺鄙な村には来てくれる人がいかなったわけだが。」
「美樹ちゃんはどうなったの?」
「それは父さんたちにもわからない。恐らく一緒に逃げたんだろうな。」
僕は父さんに新しい情報が入ったら教えてほしいとお願いした。
それから何日か経った。
僕は学校で先生から美樹ちゃんが学校を辞めたと教えられた。
その日の夕食後
「今日、美樹ちゃんが学校を辞めたと先生から言われたんだけど、どういうこと?」
「神楽坂さんが見つかってな。とりあえず、奥さんの方からは事情を聴いた。二人とも農園の厚生施設に居てもらってる。娘さんも学校を辞めて奥さんと一緒に農園で働くことになった。」
僕は父さんの言葉を聞いて不信感を覚える。この口ぶりだとかなり前から発見されていたのだろう。
「何かあったら教えてくれるって言ったよね?」
「言えることと言えないことがあるんだ。気が立ってる人もいるからな」
この言葉には納得できなかったが、今はどうでもいい。
「美樹ちゃんに会わせてほしい」
「それは無理だな。会ってどうする?学校を辞めた娘さんに学校に通ってるお前が「大変だったね」とでもいうつもりか?嫌味になるぞ。」
「でも・・・」
「はっきり言っておく。娘さんの中ではお前は学校を辞めさせた男の息子だぞ。」
僕はその言葉に衝撃を受けた。
「もちろん父さんが強要したわけじゃない。大勢の中の一人だ。しかし、彼女から見たらそんな風に見えるだろうな。その男の息子が彼女を励ますのか?悪いことは言わないからやめておけ。お金の問題だから他人にはどうにもできないし、子供に出来ることは何も無い。」
僕はその言葉を聞いて何も言えなくなった。
しかし、何としても美樹ちゃんに会いたい、会って励ましたい。
「僕を農園に連れて行って。お願い父さん。」
「無理だよ。みんな疑心暗鬼になってるから、お前が農園に行けば大騒ぎになる。悪いことは言わないから、大人しくしておけ。」
しかし、僕は納得できなかった。
この時点でもう二年生の夏休みは目と鼻の先だった。