銀の花 第0章 「僕」(本記事)
第一部 姫奈転落偏
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1.日常
この4月から僕は県内有数の進学校に通っている。 去年までは勉強漬けの日々だった。 周りからは「ガリ勉で面白味の無い奴」とみられていた僕にとって、難関校といわれる今の学校に合格したのはちょっとした自慢だった。
学校へ行く準備はすでにできている。
しかし、まだ動かない。
僕は毎朝起きる「何か」を待っていた。
家の呼び鈴がなり、鈴のような声が響く「おはようございます。」
母「姫奈ちゃん来たわよー」
僕「はーい」 待っているものが来たようだ。
この娘は二宮姫奈。
僕の幼馴染だ。
5分ほど離れた場所に家があり、昔からこんな風に一緒に登校していた。
僕と同じ学校に入学できたことからもわかると思うけど、成績もかなり優秀で、陸上部に所属している。 僕と違って勉強のみにステータスを割り振ってきたガリ勉タイプではなく、文武両道なタイプだ。 さっぱりとして明るく勝気な姫奈は女子の間でも人気があった。
今は友達以上で幼馴染の域を出ていないが、新しい学校に進学してから、この関係が少しは進展するのでないかとひそかに期待していた。
僕「おはよう。姫奈ちゃん」
姫奈「おはよう」
学校に行くまでの間、姫奈ちゃんを独占できる至福のひと時が始まる。
残念なのはさすがに同じクラスになれなかったことだ。
姫奈「今日は桜子先輩と会う約束してるから、帰りは一緒に帰れないの。ごめんね」
僕「桜子先輩か・・・しばらく会ってないけど、元気なの?」
桜子先輩は陸上部の先輩で、僕も何度かあったことがあり、知っていた。
前に通っていた学校から今の学校に入学出来た数少ない先輩だ。 姫奈ちゃんと同じ部活だったが今の学校に入ってから辞めたと聞いている。 その話を聞いた時の姫奈ちゃんがいたくショックを受けていたのでよく覚えている。
僕「部活はやめたんじゃなかったっけ?」 姫奈「ご家庭の都合でやめたんだけど、相談があるんだって。」 そんな他愛無い話をしながら僕らは駅に向かう。
以前の学校は歩いて行ける距離だったが、今の学校は電車を使わないと通えない距離にある。 しばらく電車に揺られて、駅から降りて、学校へと向かう。
この時、僕はこんな日常がずっと続くと思っていた。
2.姫奈の異変
しかし、それからしばらくして姫奈ちゃんは元気がなくなり、目を伏せることが多くなった。
「何かあったの?」と聞いてみたが、「なんでもないの」と笑って答えた。
そう尋ねると元気に答えてくれたので、一時的なものだと僕は思った。
それからしばらくたってから、僕らは登校一緒だったが、下校は別々になっていた。
姫奈ちゃんは高校で陸上部に入ったので、部活が忙しくなったと僕は思っていたし、事実一緒に帰れないときはそんな風に言われていた。
そんなことがしばらく続いたある日のこと、久しぶりに姫奈ちゃんから夜に電話が入った。
僕は慌てて電話を取る。 姫奈「こんばんは」 僕「こんばん・・・」 そういおうとした途端、電話が突然切れてしまった。
電波が悪いところにいたのだろうか?
しばらくたつと姫奈ちゃんから折り返し電話がかかってきた。
僕「どうしたの?」
姫奈「ごめんなさい。電池が切れちゃったみたいで・・・」
それから姫奈ちゃんとしばらく他愛もない話をした。
この時の姫奈ちゃんは元気がなかったのかもしれないけど、僕はそこには気が付かなかった。 久しぶりに姫奈ちゃんとじっくり話が出来て、うれしかったからだ。
これでまた元のようになれるかもしれないという僕の期待とは裏腹に、それから僕らはますます疎遠になった。
下校は別々になっていたものの、登校は一緒だったのだが、姫奈ちゃんが用事があるということで、今はほとんどが別々に登校するようになった。
3.離れる距離
それからさらにしばらくたった。
一年一学期の中間テストが行われ、僕も姫奈ちゃんも上位の成績を収めた。
校内に張り出された成績上位者を見たとき、何とかもう一度もとの関係に戻れないだろうかと考えてしまう。
その日は珍しく、姫奈ちゃんから一緒に帰ろうといわれて、僕は舞い上がっていた。
それにしても・・・姫奈ちゃんの胸が大きくなっているような・・・。
いや、かなり大きくなったように思う。
同世代の女子と比較しても少し大きめだった姫奈ちゃんの胸は今ではかなり大きい部類になっていた。
失礼だとは思うが、どうしても目が行ってしまう。
この時僕は久しぶりに姫奈ちゃんと一緒に帰れたうれしさと、彼女の胸に目が行ってしまい、何か元気がなく、悩んでいた彼女の様子に気が付かなかった。
もちろん、今にして思えば、というものではあったのだが。
姫奈ちゃんは帰り道、「んっ」という声を上げて立ち止まった。
僕「どうしたの?」 姫奈「何でもないの」 姫奈ちゃんの顔を見ると心なしか赤くなっているように見える。
そしてその時、姫奈ちゃんの携帯が鳴ったようだった。 「ようだった」と言ったのはマナーモードになっていたらしく、着信音が聞こえなかったからだ。
姫奈ちゃんは携帯電話を取ると、少し距離を取り、こちらに背を向けて話をした。
通話が終わると、「ごめんなさい。用事が出来たの。
もう、いかなくちゃ」
僕「う・・うん。気を付けて」 姫奈「本当にごめんね。」
姫奈ちゃんは少し慌てて別方向に小走りで駆けて行った。
何だったんだろう。 僕は黙って姫奈ちゃんを見送るしかなかったが、その時、言い知れない不安を感じながらもはっきりと形にはならなかった。
この姫奈ちゃんが電話で呼びだされた件があってから、別なクラスのこともあって、僕らはほとんど顔を合わせることがなくなった。
もうすぐ夏休みだが、姫奈ちゃんと海やプールに行くことを計画していた僕の願いとは裏腹に、どんどん疎遠になってしまっていたので、また勉強漬けの日々になりそうだ。
夏休みが過ぎ、新学期が始まると、もう二度と会うまいと思っていた意外な人物にあった。
正直会いたくはなかったが、ばったりと遭ってしまったのだ。
みきお「よ・・・よう。」 僕「これは・・・みきおくん。久しぶりだね」
こいつは「みきお」。
性格が性格がひねくれていて、暗かったので、前の学校では嫌われていた。
さらに前の学校では女子の体操服を盗んだ容疑がかけられていた。
結局、証拠がなくはっきりしなかったが、それからみきおの嫌われっぷりは加速していった。
みきおのイメージからすると完全にクロなのだが、それだけで人を裁くことはできないだろう。
もし冤罪だったら大変なことだが、どっちなのかは良くわからない。
もちろん本人は無罪を主張していた。 僕はつかず離れずの距離にいて、あまり関わらないようにしていたが、女子からは当然のことながらものすごく嫌われていた。
姫奈ちゃんの体操服も盗まれていたので、この場に彼女がいたら、顔をしかめていただろう。
僕は「くん」付を忘れない。どんな相手でも礼を失するのはよくないと思ったし、一定の距離間を保つにはちょうど良かったからだ。
僕「今日は一体どうしたのかな?君はB校(県内の別の学校)に進学したと聞いたけど。」
みきおはきょろきょろと挙動不審になり、どもりながら話を続けた。
相変わらず卑屈な感じは治っていない。
みきお「た・・・たまたまこの近くに用事があったんだよ・・・・。」
僕「そう・・・・僕はちょっと急ぐので失礼するね」
みきお「ちょっと、待ってくれ・・・。二宮とはまだ仲がいいのか?」
こいつがなぜ姫奈ちゃんの話をするのか。僕は警戒して言葉を選びながら答える。
僕「いや、最近は会ってないよ。」
みきお「そ・・・そうか・・・。へへへ。」
みきおは途端ににやにやといやらしい笑いを浮かべながらそう返事をした。
何か言いたそうな顔をしていたが、僕はこれ以上の話は御免とその場を立ち去った。
振り返らなかったので、みきおがどんな顔をしているのかまではわからなかったが、おそらくあのいやらしい笑みを浮かべているのだろう。
言い知れぬ不安を感じたが、それだけで「みきお」を問い詰めることもできないだろう。
それからしばらくして、姫奈ちゃんを見かける機会があった。
姫奈ちゃん派手な口紅を付け、派手目の化粧をし、髪の毛は茶色に染まっていた。
4.姫奈の失踪
一年が過ぎて二年に進級してしばらくたった後、僕は両親に話があるといわれた。
姫奈ちゃんと最近会っているのかどうか聞かれたのだ。
僕「いや、最近は会ってないよ。前の学校の時のように一緒に登下校もしてない。」
両親はそれを聞いてほっとしたような表情を浮かべた。
僕は理由を尋ねてみた。
なんでも姫奈ちゃんは最近、生活態度が乱れて、よくない人たちと付き合っているという噂が流れているらしい。
あくまでも噂と前置きされて、「危ない薬などにも手を出している」とのことだった。
僕は、以前見た姫奈ちゃんの茶色に染まった髪を思い出していた。
後で同じクラスの陸上部の女子が話をしているのをちらりと聞いたのだが、姫奈ちゃんは入部後しばらくしてから部活をだんだん休むようになり、一年の夏休みから一切、陸上部に出てこなくなってずいぶん前に辞めたとのことだった。
僕はその話を聞いてさらに衝撃を受けていた。
姫奈ちゃんは僕と下校しなくなったのは、「部活に出るから」という理由であったはずだ。
「待っていようか?」と言ったら「さすがにそれは悪いからいい」といわれたが、まさか部活を休みがちだったは思いもよらなかった。
一体姫奈ちゃんはどこに行っていたのだろうか・・・・?
廊下に張り出される成績上位者の一覧から姫奈ちゃんの名前が消えてしばらく経っていた。
一体姫奈ちゃんの身に何が起きているのか?
僕は気になったが、両親から釘を刺されていることもあって、積極的に調べてみようという気にはなれなかった。
そして、それからしばらく時間が経って、三年生に進級したある日・・・。
姫奈ちゃんが学校をやめたという衝撃的な話が飛び込んできた。
家にもあまり戻ってないらしく、両親からは、もう姫奈ちゃんとは関わらないように、強く念を押された。
受験勉強漬けの三年生の夏休みが終わり、新学期が始まったころ、姫奈ちゃんが失踪したという噂が流れた。
その噂は事実で、姫奈ちゃんの両親が僕のところに話を聞きに来たが、僕はもう随分姫奈ちゃんと会っていないということを伝えると肩を落として帰っていった。
家を空けがちだった姫奈ちゃんの両親は狂ったように姫奈ちゃんを探したが、見つからず、ノイローゼになって引っ越したということだった。
希望に満ちた今の学校の進学から二年と少し経って、こんな風になるなんて僕は思いもしなかった。
もう二度と姫奈ちゃんと会うことはできないのだろうか?。
5.卒業後
それから僕は受験をトラブルなくこなし、トップクラスの王帝に進学し、東京で一人暮らしを始めた。
王帝は一種のブランドになっているので人気がある。 僕はいわゆる天才的なタイプではない凡人なので、血のにじむような努力を重ねて勉強した。
クラスではいくつものカップルが生まれ、眩しい青春を過ごしている男女もいたが、僕はひたすらに努力を続けた。
王帝に入れたのは僕とあと数人ほどで、先生や両親からは「よく頑張った」と言われた。
卒業式ではクラス全員の見る目が変わったのを覚えている。
そんな僕だったが、王帝にはいってから何人かの女の子と付き合ってみたが、やはりピンと来ない。
姫奈ちゃんへの思いが、胸に残る。
勉強漬けの三年間からすると、わずかの間だったが、咲き誇る桜の中を一緒に登校した日々。
まぶしいばかりの美しさとあどけなさの残る笑顔が脳裏に浮かんだ。
東京に出てきてから、いろいろな女の子と話す機会に恵まれ、幾人かとは付き合うこともできた。
容姿だけで言えば姫奈ちゃんよりかわいい子もいたように思うが、姫奈ちゃんほどの女の子には巡り合えていなかった。
僕にとって姫奈ちゃんが如何にかけがえのない存在だったのか改めて思い知らされていた。
もう会えなかったとしてもせめて今、何をしているのか知りたかった。
そんなある日、僕の家のポストにいつの間にか封筒が入っていた。
封筒はどこにでも売っている普通の封筒で、差出人の名前はなく、消印は僕の出身県でもなく、都内でもない別の場所だった。
中には赤いUSBメモリが一つだけ入っていたが説明書などは一切ない。
かなり怪しいが、何となく気になった僕はパソコンでUSBメモリの中身を見てみることにした。
僕「これでウィルスが入っているとか言わないよな・・・」
不安とある種の期待感や怖いものみたさ、いろいろな感情が混ざり、思わず独り言が出る。
ファイルの一覧を調べてみると、中には動画ファイルが並んでいた。
なんだか、とても悪い予感がして、気になった僕は、一つ目のファイルを震える指でクリックしようとした。
しかし、なかなかうまくいかない。
なぜなのか?
理由はわかっていたが、僕は必死にそれを否定しようとしていた。
のどがカラカラになった。
ようやく、指の震えを抑えてクリックし、一つ目のファイルの再生が始まった。
その内容はある意味で僕が予想していた通りで、衝撃的なものだった。
銀の花 第0章 「僕」 了
「銀の花」本編へ続く。
銀の花 第0章 「僕」(本記事)