僕は農園に忍び込むことにした。
こっそり農園に向かう。正面から入るのは無理だろう。農園は何ヘクタールかあって、中にはビニールハウスが建てられている。
敷地は恐らく、正方形か長方形でぐるっとフェンスに囲まれていた。
全体がどうなっているのかは広すぎてわからない。
正門がある場所から回り込んで何とか入れる場所がないかどうかを探す。
探しながら厚生センターが見える場所まで来た。
しかし、数分で剛志さんがやってきた。
剛志さんは農場の中の移動に使われているらしき四輪のバイクのような乗り物に乗ってきた。
森の中に素早く隠れる。
隠れている僕に向かって、剛志さんが呼びかけてきた。
もうバレバレだ。
どこかにある監視カメラの一つに映っていたのかもしれない。
「省吾、逃げなくてもいいぞ。別に誰にも報告しねーよ。お前は俺の弟みたいなもんだし。」
「剛志さん。」
僕はその声を聞いて剛志さんの前に姿を見せた。
僕は剛志さんの言葉に安心した。やっぱり剛志さんは剛志さんだ。
「お願いします。美樹ちゃんに合わせてください。」
剛志さんはため息を吐いた。
「それはお前のお願いでも無理だ。だから言っただろ?お前の親父さんも、美樹ちゃんと親しくするのは止めとけって。」
「こうなるってわかってたの?」
「まさか、こんな面倒なことになるとわかってたら最初から雇ってないよ。しかし、こういうトラブルになりそうな人を敢えて雇ったわけだからな。さ、もう帰った帰った。俺だから見逃すけど、他の人に見つかったら面倒になるぞ。」
そう言って過去に父さんとトラブルを起こしたことのある、あまり仲の良くない人の名前を挙げた。
もちろん僕も知っている人だ。
「俺やお前の父さんで抑えられる範囲なら問題ない。だけど、大事になったらもう庇えない。俺もお前の父さんもお前が心配だから言ってるんだぞ。な?大人しく帰れ。」
僕は剛志さんの言葉を聞くと、嫌とは言えなかった。
子供の頃からずっと世話になってきて、今でも僕のことを気にかけてくれている。
僕の小さな手を握って引いてくれた剛志さんの姿を思い出す。
剛志さんは僕の家まで車で送ってくれた。
「あんまり気を落とすなよ。」
別れ際にそう言って僕を励ましてくれる。
その後も何度か農園の近くに行ってみたが、そのたびに剛志さんや父さんの顔がチラついて途中で帰った。
何もできないまま時間だけが過ぎていき、夏休みに入る。
僕は夏休みをほとんど一人で過ごした。
それからしばらく経った。
僕はあれから何もできないまま無為に過ごす日々を送っていた。11月に入ったある土曜日。
美樹ちゃんの家の近くを通ると、カーテンが開いていた。
戻っていたのか。うれしさがこみあげてくる。
家の前には剛志さんの車が止まっていた。
これから農園に出勤するんだろう。
剛志さんが一番最初に家から出てきた。
次に美樹ちゃんと美奈さんが出てくる。
その顔を見た瞬間、自分の心臓が激しく鼓動するのがわかる。
しかし、美樹ちゃんの姿は変わり果てていた。
美樹ちゃんは髪の毛が茶髪になっていた。目にはカラーコンタクトが入っているのか青い色になっている。
真っ赤なベレー帽に、胸元の見える真っ赤なドレスを着て、赤い口紅を付け、派手な化粧をしている。
足は黒いニーハイソックスとハイヒールをを履いていた。
僕と一緒に居たときは年相応の少女という雰囲気だったが今は全身から妖しい色気が漂っていた。
胸がかなり大きくなっているように見える。
半年くらいしかたってないのに胸なんて大きくなるだろうか?きっと気のせいだ。
服が胸元を強調しているのでそんな風に見えるんだ。その時はそう思った。
僕は思わず声を上げ、美樹ちゃんに駆け寄ろうとした。
しかし、彼女は僕の方を一瞥したが、何も反応することなく、車に乗り込んで立ち去った。
僕は彼女の冷たい視線を浴びた瞬間、動けなくなった。
剛志さんも途中から僕に気が付いていたがバツの悪そうな顔をしてそのまま車に2人を乗せて立ち去った。
僕はその場に呆然として取り残された。
スマホのメッセンジャーアプリでメッセージを送ってみたが、反応は無い。
電話もかけてみたが、通じなかった。
どういうことだろう。
とにかく、戻ってきているならばいつかは会えるはずだ。
僕は日を変えて美樹ちゃんの家を訪ねてみた。
一年生の時はずっと一緒に居たので僕は美樹ちゃんや美奈さんがいる時間帯はよく知っている。
呼び鈴を押すと美奈さんが出てくる。
浮かない顔だったが、間違いなく美奈さんだ。
「あの・・・」
僕が全てを言う前に美奈さんの言葉が遮る。
「ごめんなさい。美樹はいるけど、あなたには会いたくないと言ってるわ。私もあなたはもうここには来ない方がいいと思う。」
そう言ってドアが締まる。中からカギがかかる音がした。
その「カチャリ」という音が妙に大きく聞こえる。
その冷たい音はまるで2人が僕を拒絶しているようだった。
いや、実際拒絶しているのだろう。
僕はもう彼女の恋人ではなく、彼女から未来を奪った男の息子なんだろう。
僕はうなだれて家に戻った。
僕は自分の無力さをかみしめていた。
時々美樹ちゃんの家の近くに行っては引き返す。
そんな日々を過ごした。
そうして年を越し、3月になった。
時々挨拶する程度の仲に過ぎなかったが、爆乳美人妻の藤本さんが引っ越していった。
美樹ちゃんが来たときは新しい人が引っ越してきて、何かいいことがあると思ったんだけどな。
僕の思いとは裏腹なことばかり起きる。
4月、僕はいよいよ高3だ。
大学に進学するつもりなので、もうこの村に居られるのも後1年だろう。
美樹ちゃんと顔を合わせるのも辛いのでもう戻ってこないつもりだった。
そう言えば、美樹ちゃんと東京で同棲するって約束したっけな。
もう遠い過去の話のようだった。
僕は土曜日に美樹ちゃんと美奈さんが農園に通うのを遠目で見るのが習慣になっていた。
帰りが丁度農園の出勤時間に当たるからだ。
まともに訪ねても相手にしてもらえないが、遠目で見るくらいならいいだろう。
多分剛志さんにも美樹ちゃんにも見つかってないと思う。
大学に進学したら、すっぱりと諦められるかな。
藤本さんの借家にはまた誰か新しい人が入っているようだった。
表札には「皆川」とあったから別の人なんだろう。
誰かなと思ったけど、美樹ちゃんのことで頭がいっぱいだった僕はさほど興味はなくそれっきり誰かに聞いたりすることは無かった。
しかし、数日後僕は意外な人に出会った。
藤本さんの奥さんだ。
「あら、こんにちは、省吾くん。」
「藤本・・・さん?」
「今は「皆川」よ。主人と離婚して、こちらにお世話になることになったの。よろしくね。」
「すいません。何か悪いこと聞いてしまったみたいで。」
「いいのよ、気にしないで。そのうち省吾くんにもお世話になるかもしれないから。その時はよろしくね。フフッ」
あやせさんが妖しく笑う。
僕はあやせさんの表情に底知れないものを感じた。
だが、もちろん口に出せるわけがない。
「農園で働くことになったのでしょうか?」
「そうそう。正解よ。」
恐らく「世話になる」と言うことは僕がいずれは農園に参加すると思っているのだろう。
実際、僕は農園に参加するかどうかは聞かれている。数日後、剛志さんもうちに来て一緒にご飯を食べながら、農園に参加するかどうかを返事することになっている
僕はどうするのか迷っていたが、余計なことは言わなかった。
この日はこれであやせさんとの話は終わった。
あやせさんは髪の色こそ変わっていなかったが、化粧が濃くなり、目にはカラーコンタクトが入っていた。
藤本さんのご主人はかなり大手の企業に務めている。
僕ですらも知っているような企業だ。
離婚して、この村に戻ってきたいと思うだろうか?
普通は仕事がいっぱいある都会にとどまるのではないだろうか?
疑問が次から次へと湧いてくる。
再会した後の美樹ちゃんの姿とダブる。
三年生の4月と言えば、進路は大方決定している時期だ。
僕も大学に進学するということになっている。
今日は剛志さんがうちにやってきて農園の説明をすることになっている。
農園は組合方式で運営されていて、基本的に利益は全員で折半している。
厚生施設はこの村で唯一の鉄筋コンクリートの3階建てで、かなり豪華なので儲かっているんだろうなと思った。
「お前も知っていると思うけど、農園のハーブはここらにしか無い希少な種類でな。外部への流出を防ぐため、かなり管理には神経をとがらせている。何せ金の卵だからな。一度参加すると決めたら、途中で抜けたりはできない。下手すると他の組合員に後ろから刺されるぞ。どうする?親父さんとも話し合ったが、美樹ちゃんの件があるから無理にとは言わない。」
「僕は大学に進学する予定なんだけど。」
「大学に進学してもいいぜ。大学に通いながら、組合員になって見習いって事で報酬は減額されるが、お前が参加することは全員の内諾を得ている。お前の出資金は親父さんが出してくれるそうだ。在学中は手伝いで、卒業後は農園の専従者になってくれればいい。お前、大学に行ったら戻ってこなさそうな匂いがプンプンするからな。大学に行く前に参加するかしないか決めてくれ。」
僕はしばらく悩んだ。
「もっとわかりやすく言うか。組合に参加して俺たちの仲間になって今までお前が疑問に思っていたことの答えを知るか、全てを忘れて大学に行き、東京で就職するか。聞いているのはそう言うことだ。この辺には大卒を雇うような職は無い。大学に進学した時点でお前はここには戻ってこれない。」
「それは美樹ちゃんのことも含めて?」
「そうだな、そう言うことになる。」
「大学を卒業してから組合に参加するではダメなの?」
「駄目じゃないぜ、しかし、お前はそう言う奴じゃないだろ?。あとは大学進学前に組合の説明をするのは、学科や学部を組合が必要としているものにあわせてほしいという思惑もある。これは絶対じゃないけどな。
これはお前の兄貴分として言わせてもらうが、俺はお前が農園に来て、俺たちと一緒にやってくれることを期待している。
金原さんもお前には期待してる。」
そう言って剛志さんは父さんに視線を向ける。
「父さんは、お前の好きにすればいいと思っている。
そのうえで、お前が農園に参加して地元に残って、父さんや母さんの近くにいてくれて、一緒に働けたら、嬉しいな。」
その言葉を剛志さんが引き継ぐ。
「お前は俺と違って農園に参加しなくても外で立派にやっていけるだろう。
だから強制はしないし、するつもりもない。
そのうえで敢えて言わせてもらえれば、一緒にやろうぜ。」
剛志さんの眼差しが僕をまっすぐに射貫く。
僕は目を伏せて
「少し考えさせてください。」
そう言った。
どうする?
僕が美樹ちゃんと再会した時はもうとりつく島が無かった。
農園の警戒は厳重だった。
未成年の僕が努力して変えられる余地があったとは思えない。
大学に進学したら戻ってこないという剛志さんの推測は当たっている。
変わり果てた美樹ちゃんの姿を僕は見るのが辛かった。
農園に参加すれば嫌でも美樹ちゃんと顔を合わせることになるだろう。
あの冷たい視線を浴びつつけるのはかなり苦痛だろう。
組合のことは正直、気になる。
あまりにもお金回りが良すぎるのもそうだが、美樹ちゃんといい、あやせさんといい、農園に関わった人はみんなどこかおかしくなっている。
僕には知らされていない何かがあるんだろう。
僕はそれを知った方が良いのだろうか?
僕の中には組合に参加して美樹ちゃんの身の上に何が起きたのか知りたいという強い欲求があるのは事実だ。
しかし、今更、取り返しがつくこととも思えない。
僕はしばらく悩んだ末に、農園に参加すると父さんに返事をした。
連休が明けたころ、剛志さんが僕の家にやってきて、明日、組合員になると言う書類を書いた後、農園の厚生センターで農園の真実を教えてくれると言った。
後戻りが出来ないことの念を押される。
今、僕は剛志さんの車に乗せられて、農園に向かっている。
農園の金属製の重い扉が開けられる。
ビニールハウスが無数に並んでいる農園の中に初めて僕は入った。
コンクリートのちょっとしたビルと言ってもよい厚生センターの前に車が止められ、僕は中に案内された。
いよいよ、僕がずっと知りたかった農園の真実が明かされると思うと、僕の胸は期待と恐れで一杯になった。
次回に続く
牝啼き村 -そして、少女は娼婦になった- 僕の章(本記事)