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僕の章
「行ってきます。」 いつも通りの通学路で登校する。
「おはよう。」と涼やかな声が響き、いつもの道で彼女と合流する。
「おはよう。」僕は返事を返す。 この子は柚木聡美。
僕の彼女だ。 高2から付き合って今年で1年目になる。
僕らは卒業を間近に控えていた。
受験も終わり久しぶりの登校日だった。 ただし、もう登校してこないクラスメイトも多い。
聡美は大学の進学が決まっていたが、僕は志望校に見事に落ちて予備校に通うことが決定していた。
「あーあ、何か置いて行かれる気分。」と僕が独り言ちすると「頑張って、待ってるから」と聡美が返す。
聡美は僕には過分なくらいの良くできた彼女で、大学も推薦などではなく、きちんと受験して合格していた。
しかし、挫折が全くなかったわけではない。
彼女は新体操をずっとやっていたが、正直に言うと目に見える実績を挙げていたわけではない。
団体ではメンバー入りできず、個人部門でもあまり良い成績は挙げられていなかった。
おまけに高2で怪我に見舞われた。 そのため、大学では新体操を続けない選択をしている。 そんな彼女だったので、その言葉は僕の心にまっすぐに入ってきた。
「部活、ずっとやってきたのに辞めちゃうのもったいないね。」と僕が言うと、「そうねぇ。大学に行ったら何かスポーツしようかな。」と聡美が返す。
「何か運動を続けるのはいいかもしれないね。」
「怪我もまだ治りきっていないから、楽しくできる感じのクラブがいいかな。」と言って聡美は笑った。
僕は「大学だとそういうクラブはたくさんありそうだね。」というが、もちろん実際に大学にどんなクラブがあるかなんて知っているわけではない。
聞きかじりの知識だ。
「全く運動しないのはちょっと寂しいから、入学してから考えてみようかな。」
聡美はそういった。
大学にはあまり真剣みのないエンジョイ勢が入るような部活も沢山あると聞いたことがある。
皆が皆、大会に出るために必死に努力するわけではない。
僕はこれから勉強漬けの一年間だ。
人の心配をしている余裕はないが、今日くらいはいいだろう。
こうして僕らは残り少ない高校三年生の三学期を過ごし、新学期を迎えた。
聡美は大学に通い、僕は予備校に通う。
僕らの住んでいる県はなんとか都内に通えない距離ではないが、聡美は大学の近くにアパートを借りることにしたようだ。
一年間は離れ離れになるがこればかりは仕方なかった。
そんなに遠い距離ではないし、多少離れていてもメールや電話などで連絡はつく。
4月の半ばに聡美からSNSでエンジョイ勢向けの軟式テニス部に入ったと連絡があった。
新歓コンパなどもあり、充実した大学生活を送っているようだ。
この内容は浪人生には目の毒だなと思いつつ。勉強に励む。
ちょっと気になったのは連休もこちらには帰ってこなかったことだ。
何でも一年生はやはり部活でいろいろとやらされるらしい。
こういうところはエンジョイ勢でも体育会系だなあと思う。
連休の終わりの2日間は地元に帰ってくるとのことだったので、久しぶりに聡美に会った。
こんなに長く会ってなかったことはなかったので随分久しぶりのように感じる。
聡美は少し元気がなかったが、大学生になって環境が変わったから疲れているのか、そこは遭えて触れないようにする。
「勉強は進んでる?」そう聡美に聞かれると、「今度こそ合格できるように頑張ってるよ」そう返した。
久しぶりに聡美に合って元気が出てきた。
まあ、でも彼氏が予備校生では振られて大学で出会った男と付き合うこともあるのかなと悪い方向に想像が向く。
そういう弱気な考えを振り払って、僕は勉強に打ち込んだ。
しかし、6月に入ると、聡美からの連絡がガクっと減る。
こちらからは頻繁に連絡をしていて、既読はつくが返事はあったりなかったり。 内容も素っ気ない。 一度会いに行ってみるかとも思ったが、こちらは予備校生で体裁が悪い。
聡美と一緒にいるところに、大学の友達にでも会おうものなら、ばつが悪いことこの上ないだろう。
大学生と予備校生のカップルってうまくいくの難しいよなあと嘆きながら、勉強はおろそかにしない。
いくつかの模試で手ごたえを感じていた。
人の心配をするより、まずは自分のことからだ。
そう言い聞かせる。 大学に合格しなければ、話が始まらないのは事実だった。
聡美からほとんど連絡がなくなった夏休み前、さすがに聡美の様子を見に行った方がいいのかなと思い始める。 SNSでは相変わらず既読が付くので見てないわけではないと思うのだが、最近の反応は素っ気なさ過ぎてやはり異常だ。
僕は夏休み前に聡美に合いに行くことにした。
SNSで連絡を取ると、OKの返事をもらった。
それを見て、僕は心配のし過ぎだったと反省した。
大学の近くの喫茶店で待ち合わせることにした。
当日、聡美はやってきた。前とほとんど変わったところはなく、元気そうだった。
少し話をしてから、どこかに行こうかと思ったら、かなり体格の良い男に話かけられた。
「よう、聡美ちゃん。この人がうわさの彼氏君?」 僕は大柄な男を怪訝な目で見る。
聡美は少し慌てた様子で、僕の紹介をし、男の紹介もする。
「こちらは大学の同じクラブの先輩の健次さん。こちらは私の高校の同級生で[僕]君です。」
クラブの先輩か・・・僕は大柄な男に自己紹介する「聡美の高校の同級生の[僕]です。よろしくお願いします。」
健次先輩は「おお、君が噂の彼氏君か。来年うちの学校に来るんだったらぜひうちのクラブに入ってくれよ。」
なかなかフレンドリーな人のようだ。
ゴツイ見かけによらず、かなり気安く話しかけてくる。
「その時は是非お願いします。」と僕が言うと、にっこり笑う。
聡美は少し目を伏せた。
健次先輩は少しだけ聡美に目線を動かすが、またすぐに態度を戻して、いろいろと話をする。
聡美と久しぶりに会ったので軽くデートでもするつもりだったが、健次先輩と3人で話をすると結構な時間になったので、まっすぐに帰ることにした。
心配するほどでもなかったという思いと、予備校生という中途半端な立場だから、弱気になるんだと思い、一層勉強に打ち込んだ。
しかし、それ以降もSNSでの聡美の反応は薄かった。
夏休みと言ってもずっと勉強なのだが、聡美はまたしても地元に帰ってこなかった。
大学生ともなるといろいろと予定があるのかもしれないが、さすがに長い休みの間一度も帰ってこないということはないだろう。
一度くらいは合えるだろうが、しがない予備校生には彼女と遊び惚けている暇はあまりなかった。
しかし、結局その夏休みは聡美には会えなかった。
SNSでは時々連絡が来る。 僕も今が大事な時期なのはわかっていた。
夏休み前に聡美に合いに行って、結局何もなかった。
あまりしつこくすると、愛想をつかされるかもしれない。
それでなくても聡美も予備校生の彼氏と言うのはあまり外聞が良くないだろう。
僕は悪い想像を頭の中から追い出して、勉強に集中することにした。
そして、聡美からはほとんど連絡がないまま、受験シーズンを迎える。
僕は、一年間猛勉強した甲斐があって無事に大学に合格した。
聡美の通っているもともとの志望校だけでなく、一つ上のランクの大学にも合格した。
親からは聡美と同じ大学ではなく、一つ上の大学に行くように説得されている。
聡美からの連絡は相変わらず少ない。
どうしようか迷っているときに、郵便が届いた。
差出人は書いてない。 中には1枚のメモリーカードが入っていた。 ・・・・