僕は小神君にも勝てないだろうが、後ろの二人は暴力で対抗するには絶望的な体格差だった。
この時の僕は恐怖でチビってしまいそうなほどビビっていた。
しかし、生徒会役員として仕事を任された責任感が辛うじて僕を絶望的な体格差のある3人の前に立たせていた。
「出ていってほしかったら土下座しな。だったら考えてやってもいいぜ?」
「お願いします。出て行ってください。」
僕は躊躇なく土下座した。
プライドもヘッタクレもない。
「ヤダ・・・ダッサ」
まわりで見ていた女子生徒の声が胸に突き刺さる。
しかし、今の僕にはこれしかできなかった。
ギャラリーはどんどん増えて行っていた。
「テメェ、白石、簡単に土下座なんてしやがって。プライドはねぇのか?それでも男か?」
小神君が土下座する僕の頭を踏みにじる
手下に目配せすると、レスラーのような体格の二人も僕の背中を足で踏みにじった。
しめた、僕はこの時そう思った。
手下の二人はどう考えても普通でない体格をしていたが、本気で僕を踏みにじっているわけではない。
本気なら小柄な僕など即病院行きだろう。
きっと付き合っているだけでこの行為にもあまり関心はないのだろう。
飽きたり疲れたりしたら満足して出ていくかもしれない。
僕がプライドを捨てればこの場が収まるなら安いものだ。
しかし、そこに葵ちゃんたちがやってきた。
最悪のタイミングかなと思った。
「生徒会のメンバーに何しているの?今すぐ乱暴をやめて出ていきなさい。」
葵ちゃんは僕と小神君の間に入ってにらみ合う。
こころちゃんは土下座の姿勢のままの僕の背中をやさしくさすった。
「大丈夫?白石君」
泣きそうな声で呼びかけてくれた。
優月ちゃんはもう一人の手下の筋肉マンとにらみ合っている。
でもこれは悪手だ。
「三葉の葵か・・・」
小神君は葵ちゃんを憎らし気な目で睨んでいた。
ヤバい、僕はとっさにそう思った。
小神君が目配せをすると、こころちゃんは筋肉マンの一人に胸倉を掴まれた。
小柄なこころちゃんは軽々と片手で釣り上げられ、足が30cmくらい浮き上がった。
優月ちゃんも髪の毛をグーでわしづかみにされ、頭を後ろに引っ張られている。
そして、小神君は信じられないことに金属バットを葵ちゃんにむかってフルスイングした。
僕はとっさに間に入った。
前に出たのが幸いして、かなりバットの根元にあたったが、僕の左腕にボキッという嫌な音とともに激痛が走った。
折れた・・・・な。
左腕がダランと下がる。
僕は折れた腕を抑えながら必死に痛みに耐えた。
「これで気が済んだでしょう。お願いします。帰ってください。」
僕はそう言ってもう一度頭を下げる。
「帰れ、小神」
いつの間にか集まったギャラリーから小さく声が上がる。
100人以上はいるかもしれない。
「ああん?」
小神君が凄むと声を上げた人は下を向いて黙ってしまった。
しかし・・・・
「・・・帰れ」
「・・帰れ」
「・帰れ」
「・帰れ」
小さかった声はだんだん大きくなり、数が増え言った。
「帰れ!、帰れ!、帰れ!、帰れ!、帰れ!、帰れ!、帰れ!、帰れ!」
最後には大合唱になった。
「雑魚どもが調子に乗りやがって」
小神君たちはその勢いに押され、あたりを見回し、慌ててバイクにまたがって逃げて行った。
声を上げた群衆を見てみると、岡君が僕に向かってサムズアップしていた。
「大丈夫?白石君。助けに入るつもりが逆に助けられてしまったわね。」
と葵ちゃん。
「びっくりしたわ。君が無事でよかった。」
優月ちゃんも珍しく涙ぐんでいる。
こころちゃんは何も言わず僕の胸にしがみついて泣いていた。
僕は救急車に乗って病院に行った。
3日間入院してギブスをつけられてしばらく生活に難儀することになった。
もちろん学祭には出られなかった。
最後まで先生達は職員室から出てこなかった。
大人でも理屈やルール、法律が通用しない小神家が怖かったのだ。
三日後、僕は退院して、午前中の2限目から授業に出ることになった。
静まり返った校舎に入る。
いつもと違った時間に登校するとなんとなく後ろめたさを感じ、うつむいて歩く。
階段を上がると信じられない光景を目にした。
僕の教室まで生徒が廊下の両脇にズラリと並んでいる。
まだ授業中のはずだ。
僕を・・・待って・・・いた・・のか?
僕の姿を見ると、
「パン、パン、パン、パン」
一定のリズムで手拍子が響く。
僕はそのリズムに乗るように歩を進める。
背筋がピンと伸びて自然と顔が前を向く。
「かっこよかったぞ、白石」
「学祭は無事に終わったぜ、お前のおかげだ」
生徒たちの手拍子はしばらく、終わることなく続いた。
先生たちは見捨てた僕に対する後ろめたさから、この時のことを制止しなかったし、何も言わなかった。
こうして後に「9月の英雄」事件として語られる一連の出来事は幕を閉じた。
後から父さんから聞かされたが、小神家から多額の見舞金が支払われたようだ。
父さんは断固として受け取りを拒否したが、会社から圧力をかけられ、何人もの役員がわざわざ東京からやってきて説得され、最後は受け取らざるを得なかったようだ。
小神家の力をまざまざと見せつけられる結果になった。
この日からしばらく、小神君は学校から消えた。
数か月後、小神君を学校で見かけた。
髪は普通の髪形になっていて、色も黒だった。
優月ちゃんと一緒に歩いていると小神君が僕のほうにやってきた。
優月ちゃんが身構えて、シャドーボクシングように、シュッシュッとパンチする振りをする。
「な、何よ?やる気?なら相手になるわよ?」
それ、やるの僕だよね?腕っぷしはからっきしなのであまり煽らないで欲しいんだけど・・・。
「悪かったな白石。この通りだ。許してくれ」
そう言って僕に頭を下げた。
そして立ち去って行った。
周りで見ていた人たちもポカンとしている。
それから「9月の英雄」が小神君を真人間に変えたと噂が立った。
そんなことがあって、僕の転校から解放された学校生活は充実したものだった。
思えばこの時が僕の黄金時代だったのかもしれない。
次の年、三年の学園祭、とっくに二年生が引き継ぎ僕らは生徒会役員からは外れていた。
みんな受験の準備で忙しかったが、学園祭の後夜祭でキャンプファイヤーにフォークダンスを踊った。
優月ちゃん、葵ちゃん、こころちゃんと順番に踊る。
「英雄さんは去年学園祭に出れなかったでしょう?フォークダンスくらい付き合ってあげるわ」
優月ちゃんはそう恩着せがましく言ってきたが、その目は優しかった。
「光栄です。姫」
「うむ、苦しゅうないぞ」
次に葵ちやんと踊る。
「白石君、私は君に言わないといけないことがあるの」
「いいよ、もう。小神君は誰だって怖い。先生も逃げたんだから女の子の君たちが何かにすがろうとするのは当然だ。」
葵ちゃんはうつむいてしまった。
「ありがとう。私は君に救われたわ白石君。」
暖かいキャンプファイヤーのオレンジ色の光に照らされた葵ちゃんの顔は上気しているように見えた。
最後にこころちゃんと踊る。
「一見すると普通に見えるけど、やっぱりあなたはすごい人。暴力の恐怖にも決して屈しない勇気のある人」
「ほめすぎだと思うけど、素直に受け取っておくよ。ありがとう」
三葉の君3人とフォークダンスを踊っている僕に周りの視線が集中したが、あまり気にならなかった。
「フフッ」
僕らは顔を見合わせて笑う。
あの時骨折してまで頑張ったご褒美としては悪くなかったかな。
こうして僕の中学時代は幕を閉じた。
高校生編
僕らは卒業して高校生になった、三葉の君の3人と僕は同じ高校に進学した。
ついでにいうと岡君と小神君も。
三葉の君の3人は高校生になってますます美しくなった。
ちょっと声をかけづらくなったほどだ。
僕らが高校に進学した年、世界的な病が流行り、世の中に大きな影響が出た。
家業が飲食店の葵ちゃんは大変そうだった。
そのほか、優月ちゃんやこころちゃんもお父さんの仕事が大きく影響を受けて生活が大変になったという話を聞いた。
こんなこともあって、僕ら元中学生徒会メンバー4人は高校では生徒会に入らなかった。
ほかの3人がやらないのでは僕一人でやってもね。
高1の5月連休あけ、3人を見かけなかったので同じ中学の出身者(女子)に聞いてみたら、彼女らは休んでいるとのことだった。
(珍しいな・・・中学では皆勤賞をもらうほどだったのに)
僕は少し不安になった。
しかし、流行病の関係でリモート授業を受けようになり、学校に行く機会が減っていたこともあり表には出さなかった。
僕と三葉の君の3人は高校で会っても会釈する位の関係になった。
そんな中、三葉の君の3人が小神家で住み込みでバイトしているといううわさが流れた。
真偽はわからない。
3人にたまにあっても聞けなかった。
そして、もっと衝撃的な噂を耳にした。
三葉の君の3人が、生活苦で小神家に雇われてたが、そこで体を売っているというものだ。
高1の夏休みが明けて彼女らを見かけたが、明らかに雰囲気が変わっていた。
なんというか目に光がなく、焦点があってないような感じだったのだ。
僕はますます不安になった。
それから、僕はますます3人の動向に敏感になった。
3人は休みがちになっていた。僕は夏芽さんに話しかけることに成功し、話を聞いてみることにした。
三葉の中で一番快活だった優月ちゃんだったが、高校に上がってしばらくしてからはその快活さが失われて、なんとなく陰にこもるような雰囲気になっていた。
「こんにちは。久しぶりだね。」
「そうね。久しぶり。」
「中学の生徒会のことが何か遠い昔のことみたいだね」
「そうね。」夏芽さんがフッと笑う。
「最近、妙な噂を聞いたんだけど。」
「何のことかしら。」
「えと、夏芽さんたち3人が小神家に雇われているって」
「ああ、その話?。事実よ」
あっさり肯定されて、驚いた。
「隠さないんだね。」
「隠しても仕方ないからね。この話はもうしないほうがいいわよ。
この町で小神家に関することを嗅ぎまわるとろくな目に合わないから。」
「何か僕にできることはないかな?」
「あなたは優しい人ね。でも、できることは何もないと思う。」
「そう・・・」
僕は僕なりに彼女らを心配していたが、待っていたのはやんわりとはしていたがきっぱりとした拒絶だった。
僕はそれ以上何も言えず、そこで別れた。
それから、三葉の君の3人をたまに見かけることがあったが、あからさまに避けられるようなった。
休みがちな彼女らは成績も落ちて行った。
以前は僕より明確に成績が上だったが、今はもう僕の方が上で彼女らは学年の真ん中らへんの成績らしかった。
学校的には問題なのだろうが、小神家から多額の寄付をもらっている学校側は彼女らを明らかに避けていた。
そうした雰囲気は周囲の生徒にも伝わり、彼女らはますます周りから孤立した。
何度か接触して、「もうかかわらないで」と拒否される。
そんな日々が続いた。
中学からの友達、岡君からも警告された。
「よう、兄弟、三葉の3人に話しかけているようだが、辞めた方がいいぜ」
「なんで?、岡君は何か知ってるの?」
「俺も詳しい事情は知らないけど、同中の女子が何度か先生に様子を聞きに行ったんだよ。
先生はあからさまに三葉の3人の話題を避けたそうだ。」
「そう・・・か。でももう少し調べてみるよ」
僕は岡君には心を許していたので、正直にそう答える。
「いや、ヤバいって一人じゃなくて複数の連中から聞いた話だからな。」
「そうか、止めた方がよさそうだね。忠告、ありがとう。」
そう言って岡君と別れたが、僕はやめるつもりは全くなかった。
(ふう、あれはやめるつもりはねえな。好奇心は猫を殺す・・・か)
いろいろな人の話を聞いて、僕の不安はもはや抑えきれないくらい大きくなっていた。
しかし、未成年に過ぎない僕に何かができるというわけもなく、時間だけがむなしく過ぎて行った。
そして、2年生の休み明け、久しぶりに三葉の3人が校内で話題になっていた。
正確に言えばこころちゃんだ。
下世話な男子の噂話だったが、こころちゃんの胸が休み前と比較すると明らかに大きくなっているというのだ。
僕は校内ではあから様に三葉から避けられていたし、最近では小神家に協力している女生徒が三葉たちを守るように邪魔してくるので校内で接触するのは難しくなっていた。
だから、下校するときに通学路を先回りして待ち伏せするようにしていた。
もちろん遠くから見守るだけで声などはかけない。
すると、やはりこころちゃんは以前とは露骨に胸の大きさが違っていた。
つつましやかだったこころちゃんの胸は巨乳といってもよい葵ちゃんと同じくらいになっていた。
こんなことがあるんだろうか?
僕は「体を売っている」という噂を思い出し、不安がまた大きくなっていくのを感じた。
そんな日々を過ごしていると、すっかり真面目になった小神君から話しかけられた。
「よう、白石。」
「こんにちは小神君。最近頑張ってるみたいだね。生徒会に入ったとか。中学の時と立場が逆転してしまったね」
「そうだな。真似しているようで申し訳ないのだが、中学の時のお前を参考にさせてもらってる」
「それから・・・」
小神君は少し躊躇して、僕に忠告してくれた。
「何か三葉の3人を嗅ぎまわっているようだが、やめたほうがいいぜ。」
僕は何か意図があるのか考えあぐねていた。
「別に裏は何もないぜ。小神家の一員としての純粋な忠告だ。かかわらないほうがいい」
「わかった。ありがとう。参考になったよ。」
しかし、言葉とは裏腹にこの一見から僕はますます三葉の3人の動向が気になるようになった。
「深く立ち入らない方が良いかもしれない」と思ったが、忘れてしまうには、3人と過ごした日々は鮮烈すぎた。
僕は時々彼女らの後をつけて、小神家の屋敷まで行っては何もできずに帰るという日々をしばらく過ごしていた。
ある日、3人の後をつけて小神家につくと、黒いスーツを着た体のがっちりした男たちに囲まれた。
「白石様ですね?」
「しまった」と思ったがもう後の祭りだ。
走って逃げることも考えたが、ここで逃げたらもう2度とここには近づけないだろう。
「はい」
「こちらにどうぞ」
僕は有無を言わせない迫力に案内されるまま、小神家の屋敷に通された。
案内された場所は裏口から入った離れの小さな応接室だった。
僕のような未成年の子供にはまともな応接室は必要がないということなのか・・・。
小神警備の筋肉マンが監視するように直立不動で立っている。
しばらくすると葵ちゃんがお茶を出してきた。
彼女は赤く丈の短い着物を着ていた。
彼女がきちんと働く姿を見ると、僕は安心した。
我ながら単純だが、人間なんてこんなものだろう。
岡君や真面目になった小神君からさんざん警告されたが、この安心感が得られたことは僕には大きかった。
危険を冒した甲斐はあったろう。
「来てしまったのね。白石君。あれほど来ないでと言ったのに」
菜月さんは悲しそうに目を伏せた。
小神警備の筋肉マンが葵ちゃんを睨んで顎をしゃくる。
すると葵ちゃんはそのまま出て行ってしまった。
僕は出されたお茶を飲んだ。
そこからの記憶がない。
後編へ続く
三葉の君へ ~転校先で出会った三人の美少女~(前編) 本記事














